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福岡地方裁判所小倉支部 昭和35年(ヨ)73号 判決 1960年5月27日

申請人 中野美敏

被申請人 三島光産株式会社

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

申請人訴訟代理人は、被申請人が昭和三十五年二月二十四日なした申請人を解雇する旨の意思表示の効力を停止する、訴訟費用は被申請人の負担とするとの仮処分命令を求めその申請の理由として被申請人は製罐電気熔接ガス熔削等を業としているが、申請人は昭和三十一年十一月十六日被申請人に熔削工見習として雇われ同三十二年五月常傭工となつた。被申請人は昭和三十五年二月二十四日申請人を懲戒解雇した。その理由は申請人が被申請人に雇われる際提出した履歴書に職歴として真実そのような事実がないのに昭和二十四年四月村上建材店に入社し同三十年十二月同社解散のため退社した旨虚偽の事実を記載しかつ昭和十八年四月二日国鉄に就職し門司検車区試傭車輛手となり引続き勤務して同二十四年七月十七日定員法により退職した事実がありながら右事実を記載せず経歴を詐称したものであり右は労働協約及び就業規則に定める懲戒解雇事由に該当するというにある。

しかし右は被申請人が経歴詐称を理由とする懲戒解雇に名を藉りその実申請人が労働組合の正当な行為をしたことの故を以て解雇したものであるから懲戒解雇の意思表示は労働組合法第七条第一号に違反し無効である。即ち申請人は被申請人のいう如き内容の履歴書を提出したが、昭和二十四年四月から同三十年十二月に至るまで村上建材店名義で石材販売業を営んでいた申請外村上邦美に雇われ或は同人が専務取締役をしていた申請外株式会社木村商店に勤めていたのであるから履歴書の記載は虚偽でない。また申請人は被申請人のいう如く国鉄に就職したことはあるがその間昭和十九年四月福岡県立天籟中学校(夜間中学)に入学し同校はその後学制改革により福岡県立戸畑高等学校となり同二十四年三月同校夜間部を卒業しており在学中の職歴を記載することが煩瑣であつたので省略したに過ぎず他意があつたわけではない、申請人に経歴詐称の意思はなかつたのでありまた右の程度の省略は経歴詐称というに足りないのである。

被申請人会社においては昭和三十四年五月六日従業員約二百名を以て全国金属労働組合三島光産支部が、同月八日頃約百八十名を以て三島光産従業員労働組合が、更に同年六月上旬約百五十名を以て三島光産統一労働組合がそれぞれ作られたのであるが、右従業員労働組合及び統一労働組合の両者は同月中旬統合して約三百二十名を以て三島光産労働組合が結成せられるに至つた。右従業員労働組合は被申請人が介入して前記労働組合三島支部の勢力を抑圧する目的で結成させたものである。申請人はこのことを知らなかつたので右従業員労働組合に加入した。右三島光産労働組合はその後被申請人と組合が除名した組合員は被申請人がこれを解雇しなければならない旨の所謂ユニオンシヨツプ協定を締結した。ところが右三島光産労働組合の組合員約五十名は同年十月下旬御用組合的性格にあきたらず同組合を脱退し前記労働組合三島支部に加入した。そこで右三島光産労働組合は同年十一月二回にわたり組合大会を開き組合執行部において右脱退者を除名することを提案したので申請人は右提案を可決すれば被申請人がユニオンシヨツプ協定に従い脱退者を解雇することになると考え同大会において極力右提案に反対する旨の発言をした。また申請人は昭和三十五年一月二十七日第一回苦情処理委員会において組合側委員として出席し被申請人側委員である真島笹市に対し被申請人会社鋼材部の従業員の早退日の賃金保障の件についてその処遇の不当なることを追及した。被申請人は申請人の右の如き言動を嫌悪しこの故に被申請人を解雇することを決意したのである。

かりに右主張が理由がないとしても前記の如き履歴書記載上の軽微な瑕疵を理由とする懲戒解雇は権利の濫用であるから無効である。

申請人にとり解雇が無効であるにも拘らず解雇されたものとして取扱われることは著しい損害であり申請人は現在収入の途がない状態にある。

よつて申請人は被申請人に対し雇傭契約に基く権利関係につき著しい損害を避けるため被申請人が昭和三十五年二月二十四日なした懲戒解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分命令を得るため本申請に及んだと述べた。(疎明省略)

被申請人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、被申請人が申請人主張の如き営業をし申請人がその主張の日時に被申請人に雇われ見習工となり次いで常傭工となつたこと、被申請人が申請人主張の日時に申請人をその主張の如き理由で解雇したこと及び被申請人会社において申請人主張の如き労働組合がその主張の頃結成統合せられ被申請人が三島光産労働組合と申請人主張の如き協定を結んだことは認める。現在労働組合三島支部の組合員は九名、三島光産労働組合の組合員は約四百七十名である。

その余の申請人主張事実を否認すると述べた。(疎明省略)

理由

被申請人が製罐、電気熔接、ガス熔削等を業とし申請人が昭和三十一年十一月十六日被申請人に熔削工見習として雇われ同三十二年五月常傭工となつたこと及び被申請人が昭和三十五年二月二十四日申請人を労働協約及び就業規則所定の懲戒解雇事由である経歴詐称を理由として懲戒解雇したことは当事者間に争がない。

申請人は、右は被申請人が経歴詐称を理由とする懲戒解雇に名を藉りその実申請人が労働組合の正当な行為をしたことの故を以て解雇したものであるから懲戒解雇の意思表示は労働組合法第七条第一号に違反し無効である旨主張するので判断すると、申請人は被申請人に雇傭される際提出した履歴書に職歴として昭和二十四年四月村上建材店に入社、昭和三十年十二月同社解散のため退社とのみ記載したことは申請人の自認するところであり、村上建材店については証人中村克明の供述により真正に成立したと認める乙第十三号証の二及び証人村上邦美並に申請人本人の各供述を綜合すれば申請人は昭和二十四、五年頃から砂利等の販売を業としていた八幡市黒崎一丁目所在株式会社木村商店に支配人として働いていた申請外村上邦美や同商店の取引先である訴外岡隆嗣に個人的に頼まれ随時船の出入着岸場所の連絡、荷受、検収等を手伝い小遣銭程度のものを得ていたが、昭和二十七年七月から同年十二月に至るまで右木村商店に雇われることになつた。そして右村上が昭和二十八年一月右木村商店から独立し同市神原町十二の一において村上商店名義で同種の事業を始めると同時に右村上に雇われ昭和二十九年十一月頃まで働いていたことが認められ、国鉄については昭和十八年四月二日国鉄に就職し門司検車区試傭車輛手となり引続き勤務して同二十四年七月十七日定員法により退職したことは申請人の認めるところである。右各事実によれば申請人は採用されたとき提出した履歴書の経歴の一部を秘して記載せずまた真実の経歴と相違する記載をしたものというべく、右は申請人本人の供述により認め得る申請人の年令、学歴及び教養の程度に徴し故意に出でたものであると認めるのが相当であり申請人本人の供述中右認定に副わない部分は措信しない。証人中村克明の供述によれば被申請人において申請人と雇傭契約をする際国鉄を定員法により退職した事実を知つていたならば採用しなかつたであろうことが認められるので右は雇傭契約をするに当り顧慮せらるべき重要な経歴であるといわなければならない。成立に争のない乙第一及び第二号証によれば懲戒解雇の事由として労働協約第四十一条第八号は採用に際し虚偽の陳述を行い又は虚偽の履歴書戸籍謄本その他の書類により雇用されたときを挙げ、就業規則第六十七条第一号は重要な経歴を偽りその他不正手段によつて雇用されたときを例示していることが認められるので申請人の前記所為は右各条項に該当するものというべく被申請人のした懲戒解雇の意思表示は相当である。

一方、証人中村克明の供述によれば被申請人会社の従業員の数は五百六十七名であることが認められ、被申請人会社において、昭和三十四年五月六日頃全国金属労働組合三島光産支部が、同月八日頃三島光産従業員労働組合が、続いて同年六月上旬三島光産統一労働組合がそれぞれ作られたが、右従業員労働組合と統一労働組合の両者は同月中旬頃統合して三島光産労働組合が結成せられるに至り、右組合が被申請人と組合が除名した組合員は被申請人がこれを解雇しなければならない旨の所謂ユニオンシヨツプ協定を取極めた事実は当事者間に争がなく、成立に争のない甲第八号証、乙第十九号証の三及び五、証人中村克明の供述により真正に成立したと認める乙第十九号証の一、二、四、七及び九、並に証人浜崎四角、坂本隆幸及び申請人本人の各供述を綜合すると、申請人は当初から前記従業員労働組合に加入していたが一つの事業場に二つの労働組合があるのは労働者に不利であるから両者を統一することに努力しようと志し職場においてストライキをしても団結さえすれば被申請人の親会社である八幡製鉄も仕事を取り上げることができない等と主張していた。昭和三十四年十月頃前記三島光産労働組合の組合員のうち約五十名が脱退し前記労働組合三島支部に加入するに至るや、三島光産労働組合は同年十一月二回にわたり組合大会を開き執行部において右脱退者を除名することを提案し結局第二回の大会において右提案は可決されたのであるが、申請人は三島光産労働組合が被申請人とユニオンシヨツプ協定を結んでいるため除名は当然に解雇という結果を招来すると考え同大会において労働者が労働者の首を切るのは不合理であると主張し極力右提案に反対した。そして右第一回の大会において苦情処理委員に選出せられ昭和三十五年一月二十七日の苦情処理委員会及び同年二月十二日の右打合せ会において被申請人会社側委員である真島笹市に対し新厚板なる現場において四時間働いて早退した場合八時間労働制であるから〇、五日分の賃金を支給すべきであるのに〇、四日分の賃金を支給していることを述べてその非を追及し、更にこの交渉の内容を発表したいと主張したが差止められたとの各事実、並に申請人は昭和三十五年三月に行われる三島光産労働組合の役員選挙に立候補する予定であつたことが認められる。右事実によれば申請人は三島光産労働組合の組合員として執行部の提案に反対しし、苦情処理委員として被申請人に対し従業員に対する処遇が不当であるとしてその非を責めまた職場においてもストの話を持ち出したりしているが、被申請人が申請人の右の如き言動を嫌悪しかつそれ故に解雇することを企てたとの申請人主張事実を認め得る疎明はない。なるほど三島光産従業員労働組合は前記労働組合三島支部結成の直後に作られ、証人浜崎四角及び申請人本人の供述によれば現場における組長や班長が中心となつていることが認められるうえ被申請人とユニオンシヨプ協定を取極めたりしているがこれらの事実から直に被申請人が三島光産労働組合の結成を支配しその運営に介入したと認めるのは相当でないし、証人浜崎四角の供述及び当事者双方の陳述等弁論の全趣旨によれば右組合の当時の組合員数は三百二十名位であつたと認められるので右組合は被申請人に雇用される労働者の過半数を代表しているものというべきであるから右取極が労働組合法第七条第一号本文の定める不当労働行為に該当しないことも明かであり、むしろ証人中村克明及び浜崎四角の供述によれば被申請人は八幡製鉄、旭硝子等と請負工事契約をし親会社における流れ作業の一部を担当しているため職場も七、八個所に分散し作業形態もそれぞれ異つており、前記労働組合三島支部は八幡製鉄内の「二中板」「新厚板」及び「六分塊」なる現場が、前記従業員労働組合は八幡製鉄外の現場が、前記統一労働組合は八幡製鉄内の「新厚板」なる現場がそれぞれ中心となつて結成されたことが認められるので職場が分散し作業形態がそれぞれ異つていることも数個の労働組合が結成された有力な原因であつたとも考えられるのである。証人中村克明の供述により真正に成立したと認める乙第四号証の二によれば被申請人が申請人の経歴を調査し始めたのは昭和三十五年二月二十二日であることが認められるので申請人が常傭工となつた時から相当の期間が経過しているが前記乙第四号証の二、証人中村克明の供述により真正に成立したと認める乙第十八号証当裁判所が真正に成立したと認める乙第十七号証の六及び右証人の供述並に証人園山正也の供述によれば被申請人会社においては従来職場及び作業形態が異るに従い従業員の給与がまちまちであり組合からの申入もあつたので昭和三十五年一月頃から従業員の基本給の不均衡を調整しようと計画し同年二月頃基本給調整の基準を従業員の年令、学歴、経歴、扶養家族数及び技能と定め従業員全員に対し各個にその経歴等を調査したのであるが申請人についてはその履歴書に記載されてある村上建材店の所在を申請人に尋ね職業安定所にも当つてみたが判明しなかつたので申請人の出身校に問合せた際申請人は在学中国鉄に勤務していたという話が出たので国鉄について調べたところ前記事実が明かになつたことが認められるので被申請人が経歴を調査したのは解雇の口実を作るためであつたともいえない。申請人の右主張に副う如き申請人本人の供述は憶測の域を出でないものと認めるほかなく措信するに足りないし他に申請人の右主張事実を認めるに足りる疏明はない。

以上説示のとおり被申請人が申請人を解雇したのは申請人が経歴を詐称したことが決定的理由となつていると認めるのが相当であり本件懲戒解雇が不当労働行為であるとの申請人の主張は失当である。

申請人は、前記の如き履歴書記載上の軽微な瑕疵を理由とする懲戒解雇は権利の濫用であるから無効である旨主張するが先に説示した通り国鉄就職の点を記載しなかつたことは軽微な瑕疵であるといい難く被申請人の不当労働行為も認められないし他に申請人の主張事実を認め得る疏明もないので申請人の右主張は失当である。

よつて申請人の雇傭契約に基く権利関係につき著しい損害を避けるため懲戒解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分命令を求める本件申請は本件解雇が無効であるとの主張が失当であるので本案請求の疏明を欠く不適法のものとして却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 筒井義彦 西岡徳寿 八木下巽)

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